50代・男性・経験なしの私が『製菓職人』の資格を取るまで

50 代の日本人男性が、ハンガリーの製パン・製菓の国家資格を得るため集中コースに挑戦することに。しかも経験はほぼゼロ。

いったいどんなコースだったのでしょうか。落ちこぼれないためにしたこととは ?  クラスで「ぼっち」にならないようにしたこととは ?  体験と、外国人だからこそのやり遂げるコツを伺いました。

世界一簡単 ! ( おそらく ) なポガーチャ

2020.06.10

ハンガリー生活に、簡単手づくりパン

2020.05.13

アイディアから行動へ

佐藤正秋 ( さとう・まさあき ) さんは、ハンガリー在住 23 年。普段は、日系物流会社でフルタイムで働いています。

スィーツ系で作ったことがあるのは、せいぜいマフィン程度。パンもケーキも門外漢。なぜ資格を取ろうと思ったのでしょうか。

佐藤さん
ハンガリーで将来的には、あんパンなど日本的な菓子パンを紹介してみたいなと思って。

すぐに会社を辞めるつもりはなくて、隙間時間で作って予約販売のような形を考えています。

 

そんなことを友人に話していたところ、ある日、その友人が「 成人向け職業訓練コースで、きちんと資格が取れるものがあるよ 」と。それがなんとなく考えていたアイディアを、行動に移すきっかけに。

募集要項を読むと、締め切りはもう 2 ~ 3 日後。これを逃すとまた機会が逃げていく!と思い切って申し込むことになりました。

 

受講したのはこんなコースです。

  • 内容:pék-cukrász ( 製パン・製菓 ) のうち、süteménykészítő ( ケーキ・ペイストり ) 集中訓練コース。座学と実習を通して、ケーキやパイ、主食用パン以外のパン ( 塩味、甘いもの両方 ) の作り方を学ぶ。
  • 場所:Focus Szakképző Iskola, Technikum és Oktatóközpont ( Focus 職業訓練学校・専門学校・教育センター )、ブダペスト市
  • 期間:4 か月、隔週で週末 ( 土曜・日曜両方 )。 1 回につき計 6 時間半 ( 朝 9 時 ~ 15 時半 )
  • 受講料:16 万 Ft ( = 約 6.1 万円、材料費含む)
  • その他の費用:受講前に肺のレントゲンを含む健康診断が必要。 また、コース修了後、資格試験の受験料が 3.8 万 Ft。(= 約 1.5 万円 )

ついていくのに必死

勢いで入ったはよいものの、15 人ほどのクラスで、佐藤さんはあらゆる意味で異端でした。

日本人 1 人は想定内として、男性も 1 人のみ。年齢は 20 歳前後から 60 代まで幅広かったものの、「 既にパン屋で働いている 」、「 家でよく作っている 」という人ばかりで、初心者も 1 人だけ。

 

佐藤さん
相当珍しがられました。なんでここに来ているんだと (笑)

 

しかし怖気づいている暇はありません。コースが始まりました。

 

まずは座学から

最初の 4 回は先生による講義。

あまり板書してくれないし、字を解読するのも一苦労。

 

粉の種類、生地の種類、イーストや発酵の仕組みについて、調理器具の使い方、オーブンの使い方など基本的なことをみっちり学びました。

その後は実習に。

 

実習 : 同時進行で複数のものを

実習の様子。

実習では、1 回につき、4 ~ 5 種類異なるものを作ります。生地が同じで中身だけ変えるだけのもの、同じ性質の生地の場合には同じ日に作ります。

例えばある日は、この 4 種でした。

  • Sacher torta (ザッハートルテ)
  • Legyező torta ( スポンジ生地にクリームを塗り、ぐるぐる巻いて作るケーキ。切ると断面は縦の縞々模様になる )
  • Citromos sandkuglóf ( レモン風味クグロフ )
  • Belga csoki mousse torta ( ベルギーチョコムーストルテ )

 

佐藤さん
ザッハートルテを焼いている間に、他の生地をこねて……と数時間のうちに複数のものを並行的に次々に作って行くので、最初は頭が混乱してしまって。ついていくのが精いっぱいでした。

 

全課程を通して仕上げたのは合計 45 品。一般のハンガリー人が知っているようなものはすべて制覇したそう。

途中、失敗してしまう、なんてことはなかったんでしょうか?

 

佐藤さん
意外に、初心者の私でも食べられないような致命的な失敗はなかったです。レシピがしっかりしていて、手順を守り、オーブンの温度や時間など間違えなければ、むしろ高級店で買うよりも美味しく感じるようなものができました。

 

と、意外な答え。ですが、もちろんすべてお茶の子さいさいとはいきません。

 

佐藤さん
未経験者だったため、形をうまく整えるのは大変でした。

Fonott kalács  ( フォノットカラーチ ) というハンガリーの甘いパンは、4 本の細長い生地を編み込むようにして成形しますが、先生が最初にパパッと見せてくれただけでは理解できず。四苦八苦していました。

初めて作った Fonott kalács。

 

いよいよ資格試験

最後に受ける資格試験の課題は、5時間以内に3品目を、指定の量作るというもの。

どの3品になるかはくじ引きで決まります。

佐藤さんが引いたのは、次のような品々。いずれも当地ではお馴染みのものです。

  1. Zsemle / ジェムレ ( 丸いパン )
  2. Gyümölcskenyér / ジュムルチケニェール  ( フルーツたくさんの甘いパン )
  3. Pozsonyi kifli / ポジョニキフリ ( 三日月の形の甘い生地に、胡桃やポピーシードの餡を入れたもの )。

 

佐藤さんが作ったのは右側の3つ。「 成型しやすいものが課題だったのでラッキーでした 」。

 

結果は……

無事に合格しました!

 

佐藤さん

ハンガリーで初めての国家資格試験だったので、前日の夜はもちろんのこと、試験の一週間前くらいから不安でよく眠れないほどだったんです。なので、合格した時は、プレッシャーから解放されて幸せでした。

 

コースを修了して資格があると、パン屋やケーキ屋さんでの就職に有利です。既に働いている人にとっては知識や経験を深められることに。

佐藤さん自身は現在、あんパンの試作を重ねています。

 

 

落第しないためにしたこと

佐藤さんは普段の生活や仕事において、ハンガリー語でほとんど困ることはありません。ですが、当地で学校に行ったのは初めて。そしてパンやお菓子の世界は未知の世界。やはりよくわからないこともあったと言います。どのように解決していったのでしょうか。

 

佐藤さん
復習は必須でした。

座学の時は、先生の許可をもらって全部録音させてもらいました。板書もすべて写真撮影家ではすべて文字起こしをして自分でノートを作り直しました。

実習はタブレットを使って録画。それも全部見直しておさらいしました。毎朝4時半に起床し出勤前に少しずつコツコツ、ですね。幸いコースは隔週だったのでできました。

 

す、すごいですね !! とてつもなく時間のかかる作業ですが、そこまでした訳は ?

 

佐藤さん
言葉のハンディを背負っている分、ハンガリー人の 3 ~ 4 倍は頑張らないとついていけなくなる危機感があって。ドロップアウトはしたくなかったんです。

試験前はさらに、課題として出そうなものを毎日 2 品目ぐらい焼いて当日に備えることに。ひとりでは食べきれないので、同僚や友人に試食係として協力してもらいました。

 

クラスの「 ぼっち 」から、頼られる存在になるまで

クラスメートたちと。

実は佐藤さん、言葉のハンディや経験不足に加えて、最初の頃はもう 1 つ悩み事があったそう。

 

佐藤さん
クラスの輪の中に入っていけなかったんです。私は饒舌なタイプでもなく、自分から積極的に話しかけるタイプでもなく。最初は、休憩時間にみんなが楽しそうに話している中、「 ぼっち 」状態でした。

お喋りをするためにコースを取ったわけでもないし、休憩時間はたった 5 分か 10 分のこと。時間的に考えてみれば、全課程のわずか数パーセントで取るに足らない部分です。でも、独りでみじめな気分だったし、とても苦痛なことでした。

 

これでは授業に行きたくなくなったり、学習意欲をそいだりする要因に十分なりえる、と思い、帰宅後、コミュニケーション術に関する動画などまで探してヒントを得ようとしました。

しかし、いきついたことは、聞きかじったテクニックで場を盛り上げたり、ハンガリーの人気者のように自分のパートナーや子供のことを赤裸々に話したりすることではありませんでした。

 

佐藤さん
私はそういうことはできないんです。だから出した結論は、「 自分ができることでクラスのみんなに貢献すること 」でした。そして何ができるか、考たのです。

 

そこで大活躍したのが、完全無欠の授業記録。クラスの生徒間で作った Facebook のグループに、もし授業で聞き逃した時があったら、録音ファイル送るよ」と呼びかけ。そうすると、何人かから頼られることに。時々欠席する人もいたからです。

実習に入ってからは、益々頼られることに。数十種類のケーキやお菓子を作るので、さすがにすべて覚えている人はいません。試験が近づくと生徒同士の情報交換が活発になり、求められればすぐにファイルや情報を送りました。

それにより、あるクラスメートからは「サトウは最後の砦だ!」とまで言われるように。

佐藤さん

クラスの ≪人気者≫ にはならなかったかもしれないけれど、≪一員≫ として認められた気がします。

習い事に集まる人々は年齢、職業、立場など様々な人がいましたが、基本的にみんな平等です。そのような同じ立場の小社会で、どうやって中に入っていけるかは、純粋にその人の振る舞いが決めることになります。人に求められることをすること。必要とされることをすれば、仲間として認められるということを実感しました

本記事掲載の画像は、すべて佐藤さんに提供いただきました。

ABOUTこの記事をかいた人

鷲尾亜子

1997年よりハンガリー在住。日本とハンガリーでの新聞記者の経験を活かし、現在、Twitter では「 ハンガリーのニュース 」、また政治経済ニュースレター「 ハンガリー経済情報 」( 有料 ) を配信中。