50 代の日本人男性が、ハンガリーの製パン・製菓の国家資格を得るため集中コースに挑戦することに。しかも経験はほぼゼロ。
いったいどんなコースだったのでしょうか。落ちこぼれないためにしたこととは ? クラスで「ぼっち」にならないようにしたこととは ? 体験と、外国人だからこそのやり遂げるコツを伺いました。
もくじ
アイディアから行動へ
佐藤正秋 ( さとう・まさあき ) さんは、ハンガリー在住 23 年。普段は、日系物流会社でフルタイムで働いています。
スィーツ系で作ったことがあるのは、せいぜいマフィン程度。パンもケーキも門外漢。なぜ資格を取ろうと思ったのでしょうか。
そんなことを友人に話していたところ、ある日、その友人が「 成人向け職業訓練コースで、きちんと資格が取れるものがあるよ 」と。それがなんとなく考えていたアイディアを、行動に移すきっかけに。
募集要項を読むと、締め切りはもう 2 ~ 3 日後。これを逃すとまた機会が逃げていく!と思い切って申し込むことになりました。
受講したのはこんなコースです。
- 内容:pék-cukrász ( 製パン・製菓 ) のうち、süteménykészítő ( ケーキ・ペイストり ) 集中訓練コース。座学と実習を通して、ケーキやパイ、主食用パン以外のパン ( 塩味、甘いもの両方 ) の作り方を学ぶ。
- 場所:Focus Szakképző Iskola, Technikum és Oktatóközpont ( Focus 職業訓練学校・専門学校・教育センター )、ブダペスト市
- 期間:4 か月、隔週で週末 ( 土曜・日曜両方 )。 1 回につき計 6 時間半 ( 朝 9 時 ~ 15 時半 )
- 受講料:16 万 Ft ( = 約 6.1 万円、材料費含む)
- その他の費用:受講前に肺のレントゲンを含む健康診断が必要。 また、コース修了後、資格試験の受験料が 3.8 万 Ft。(= 約 1.5 万円 )
ついていくのに必死
勢いで入ったはよいものの、15 人ほどのクラスで、佐藤さんはあらゆる意味で異端でした。
日本人 1 人は想定内として、男性も 1 人のみ。年齢は 20 歳前後から 60 代まで幅広かったものの、「 既にパン屋で働いている 」、「 家でよく作っている 」という人ばかりで、初心者も 1 人だけ。
しかし怖気づいている暇はありません。コースが始まりました。
まずは座学から
最初の 4 回は先生による講義。
粉の種類、生地の種類、イーストや発酵の仕組みについて、調理器具の使い方、オーブンの使い方など基本的なことをみっちり学びました。
その後は実習に。
実習 : 同時進行で複数のものを
実習では、1 回につき、4 ~ 5 種類異なるものを作ります。生地が同じで中身だけ変えるだけのもの、同じ性質の生地の場合には同じ日に作ります。
例えばある日は、この 4 種でした。
- Sacher torta (ザッハートルテ)
- Legyező torta ( スポンジ生地にクリームを塗り、ぐるぐる巻いて作るケーキ。切ると断面は縦の縞々模様になる )
- Citromos sandkuglóf ( レモン風味クグロフ )
- Belga csoki mousse torta ( ベルギーチョコムーストルテ )
全課程を通して仕上げたのは合計 45 品。一般のハンガリー人が知っているようなものはすべて制覇したそう。
途中、失敗してしまう、なんてことはなかったんでしょうか?
と、意外な答え。ですが、もちろんすべてお茶の子さいさいとはいきません。
Fonott kalács ( フォノットカラーチ ) というハンガリーの甘いパンは、4 本の細長い生地を編み込むようにして成形しますが、先生が最初にパパッと見せてくれただけでは理解できず。四苦八苦していました。
いよいよ資格試験
最後に受ける資格試験の課題は、5時間以内に3品目を、指定の量作るというもの。
どの3品になるかはくじ引きで決まります。
佐藤さんが引いたのは、次のような品々。いずれも当地ではお馴染みのものです。
- Zsemle / ジェムレ ( 丸いパン )
- Gyümölcskenyér / ジュムルチケニェール ( フルーツたくさんの甘いパン )
- Pozsonyi kifli / ポジョニキフリ ( 三日月の形の甘い生地に、胡桃やポピーシードの餡を入れたもの )。
結果は……
無事に合格しました!
ハンガリーで初めての国家資格試験だったので、前日の夜はもちろんのこと、試験の一週間前くらいから不安でよく眠れないほどだったんです。なので、合格した時は、プレッシャーから解放されて幸せでした。
コースを修了して資格があると、パン屋やケーキ屋さんでの就職に有利です。既に働いている人にとっては知識や経験を深められることに。
佐藤さん自身は現在、あんパンの試作を重ねています。
落第しないためにしたこと
佐藤さんは普段の生活や仕事において、ハンガリー語でほとんど困ることはありません。ですが、当地で学校に行ったのは初めて。そしてパンやお菓子の世界は未知の世界。やはりよくわからないこともあったと言います。どのように解決していったのでしょうか。
座学の時は、先生の許可をもらって全部録音させてもらいました。板書もすべて写真撮影。家ではすべて文字起こしをして自分でノートを作り直しました。
実習はタブレットを使って録画。それも全部見直しておさらいしました。毎朝4時半に起床し出勤前に少しずつコツコツ、ですね。幸いコースは隔週だったのでできました。
す、すごいですね !! とてつもなく時間のかかる作業ですが、そこまでした訳は ?
試験前はさらに、課題として出そうなものを毎日 2 品目ぐらい焼いて当日に備えることに。ひとりでは食べきれないので、同僚や友人に試食係として協力してもらいました。
クラスの「 ぼっち 」から、頼られる存在になるまで
実は佐藤さん、言葉のハンディや経験不足に加えて、最初の頃はもう 1 つ悩み事があったそう。
お喋りをするためにコースを取ったわけでもないし、休憩時間はたった 5 分か 10 分のこと。時間的に考えてみれば、全課程のわずか数パーセントで取るに足らない部分です。でも、独りでみじめな気分だったし、とても苦痛なことでした。
これでは授業に行きたくなくなったり、学習意欲をそいだりする要因に十分なりえる、と思い、帰宅後、コミュニケーション術に関する動画などまで探してヒントを得ようとしました。
しかし、いきついたことは、聞きかじったテクニックで場を盛り上げたり、ハンガリーの人気者のように自分のパートナーや子供のことを赤裸々に話したりすることではありませんでした。
そこで大活躍したのが、完全無欠の授業記録。クラスの生徒間で作った Facebook のグループに、「もし授業で聞き逃した時があったら、録音ファイル送るよ」と呼びかけ。そうすると、何人かから頼られることに。時々欠席する人もいたからです。
実習に入ってからは、益々頼られることに。数十種類のケーキやお菓子を作るので、さすがにすべて覚えている人はいません。試験が近づくと生徒同士の情報交換が活発になり、求められればすぐにファイルや情報を送りました。
それにより、あるクラスメートからは「サトウは最後の砦だ!」とまで言われるように。
クラスの ≪人気者≫ にはならなかったかもしれないけれど、≪一員≫ として認められた気がします。
習い事に集まる人々は年齢、職業、立場など様々な人がいましたが、基本的にみんな平等です。そのような同じ立場の小社会で、どうやって中に入っていけるかは、純粋にその人の振る舞いが決めることになります。人に求められることをすること。必要とされることをすれば、仲間として認められるということを実感しました。
本記事掲載の画像は、すべて佐藤さんに提供いただきました。
すぐに会社を辞めるつもりはなくて、隙間時間で作って予約販売のような形を考えています。