ドボシュトルタ、殿堂入り


ハンガリーを代表するものとして、このほど政府に認めらたケーキがあります。その名は、ドボシュトルタ。ある職人のこだわりと誇りが詰まった傑作スイーツです。ここでは、あまり知られていないドボシュトルタの魅力、そして、それを作ったパティシエをご紹介します。

フンガリクムに仲間入り

画像出典 : Hungarikum Bizottság / 記事タイトル : A DOBOSTORTA BEKERÜLT A HUNGARIKUMOK GYŰJTEMÉNYÉBE

2019 年 11 月 5 日 ( 火 ) に開かれた委員会で、Hungarikum  ( フンガリクム ) * に登録された Dobostorta (ドボシュトルタ )。当地では、お馴染みのケーキです。

* 2012 年ハンガリー政府による『 Hungarikum ( フンガリクム ) 委員会 』が発足。ここでハンガリーを代表する価値のあるもの ( 人や物、文化、習慣、行事 ) を厳選し、「フンガリクム」として認定します。2019 年時点で  71 点を登録。

ドボシュトルタが選ばれたのは次の理由から。

ハンガリーの名パティシエ Dobos C. József  ( ドボシュ・C・ヨージェフ ) 氏が生み出した

✍ ハプスブルク家の皇帝フランツ・ヨーゼフ 1 世と皇妃エリザベートも食した

ハンガリー人が作ったもの長い歴史の中で愛され続ける菓子であることが評価され、国を象徴するものとしてフンガリクムに認定されたのです。

ドボシュトルタのこだわり

このケーキには、外してはならない3つのポイントがあります。

オリジナルレシピに近いドボシュトルタ Photo by Yuri

  1. 6 層のスポンジ
  2. カカオ入りのバタークリーム
  3. てっぺんのキャラメルコーティング

これらが揃ってはじめて「ドボシュトルタ」と呼べるのです。

一見するとスポンジ、クリーム、キャラメルというシンプルな三重奏。

スポンジはしっとり系で、クリームは濃厚なのに、どこか素朴さを感じられる味わいです。キャラメル部分はフォークで簡単に切れず、食べるのに少々苦労しますが、パリンとした食感で懐かしい味がします。

そして、実は、作るのは非常に難しいとされるデザート

薄いのに硬くなく、平で柔らかなスポンジはどうやってできるの?
キャラメル部分はどのようにしてきれいに切るの?

などなど、疑問はいっぱい。そのレシピを見ると、職人の感覚や高度な技が必要になることがわかります。( 本記事最後にオリジナルレシピを掲載中 )

今日においてもパティシエたちは、元祖レシピを元に試行錯誤で作っています。特に、最後のキャラメルを美しく作るのは、一番の難関なんだとか。

そのため、ほとんどのハンガリー人たちにとっては自宅で作らない ( 作れない ) お菓子お店で食べる逸品なのです。

キャラメルの斜め置き Photo by Ako & 丸形 Photo by Yuri    現代では、お店によって砂糖コーティングの仕方や形も様々です。

天才菓子職人とドボシュトルタ誕生秘話

ハンガリーのパティシエ兼料理人の Dobos C. József  ( ドボシュ・C・ヨージェフ ) 氏

Dobos ( ドボシュ ) 氏が作った Torta (トルタ / 日本語:ケーキ ) 。一体どうやって生まれ、広まっていったのでしょうか。

ハンガリーでスイーツ文化が花開いたのは、19 世紀初頭。その頃は、一大帝国を築いたハプスブルクがこの国を統治していました。

西からの影響を受け、見るだけでなく食べても美味しい、新しいスイーツが次々と生まれていきました。

この当時、一世を風靡 ( ふうび ) したパティシエの一人は、ドボシュ氏だったのです。

1847 年に料理人の父の元に生まれ、幼い頃から料理に夢中の少年。美食家としても知られるようになり、食への探究はやむことがありませんでした。

そして、 1884 年、今までにないタイプのケーキと称されたドボシュトルタを完成させました。

Photo by Yuri

ドボシュ氏がこれを初めて公に披露したのは、1885年にブダペストの Városliget ( 市民公園 ) で開催された展覧会。

そこには、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートも訪れ、ドボシュ氏自身が直々に振舞ったと言われています。

ロイヤルカップルが食したことで、世間から大注目されるように。これをきっかけに人気を集めたのです。

では、何が革新的だったのでしょうか。その理由は、バタークリームに隠されていたようです。

冷蔵庫もない時代、保存の観点からバターには塩と決まっていました。しかし、ドボシュ氏の弟子が間違って粉砂糖を混ぜてしまいます。

失敗作のはずが、美味!この美味しさを何とか保存できないかと研究した結果、カカオを加えたんだとか。

そして出来上がったのが、カカオバタークリームでした。

このクリームに合うスポンジを創作、キャラメルコーティングの新触感を加え、完成した傑作がドボシュトルタだったというわけです。

当初、その作り方は秘密。でも何とか真似をしようとする人たちが現れました。しかし、レシピなしでの模倣は困難極まりないこと。

上手く再現できないまま、質の悪いものが出回るようになり、本人はそれを悔しがったそう。

そして、制作からなんと 20 年以上経った頃、ついにレシピを公開

本当の美味しさを知ってもらいたいという職人魂が彼を動かしたと語られています。それにしても、長い年月、悩みに悩んだのですね。

ハンガリーの菓子業界の革命児、そして偉人となったドボシュ氏。でも残念なことに、彼の菓子店はもう存在しません。

実は晩年、投資に失敗。不幸は続き、最期は肺炎を患い、1924 年に病院で静かにこの世を去りました。何だか切ない人生ストーリー。

でも、彼のパティシエとしての誇りのおかげで、今でも私たちはドボシュトルタを味わえることに感謝ですね。

ハンガリーにお越しの際は、国が讃えるスイーツをぜひご賞味ください ♪


おまけ:オリジナルレシピ 

▼ スポンジ ホールサイズ 22 cm ( 9 インチ )  

①  6 つ分の卵黄に約 50g の砂糖を入れ、しっかり混ぜる
②  6 つ分の卵白に約 50g の粉砂糖を入れ、入念に泡立てる
③  ② に ① を加えて、約 100g の小麦粉と約 35g の溶かしたバターを混ぜ合わせる
④ スチームは使わず、中火に温めたオーブンで焼く

バタークリーム

① 4 つの卵と約 200gの粉砂糖をコンロの上で熱しながら泡立てる
② コンロから外し、混ぜながら冷ましていく
③ 別のボールで約 235g の無塩バター全てをしっかり混ぜる
④ ③ に準備したバニラシュガー約 17g を加え、約 35g の溶かしたカカオと約 35g の溶かしたカカオバターと混ぜ合わせる
⑤ 温めて柔らかくなっている板チョコ ( ダークチョコ ) 約 200g を ④ に入れる
⑥ ② で混ぜ合わせて冷ました卵に ⑤ を入れて、よくかき混ぜる

▼ 重ね方

① スポンジは 6 層、クリーム層は 5 層で塗り重ねる
② 一番上のスポンジ層は、黄金色の溶かした砂糖でコーティング
③ ホールケーキを 20 等分に切り分ければ完成

※ 現在は、ケーキ屋さんにより 14 ~ 16 等分にスライスするのが主流になっています。

≪ 参考文献 ≫
Csapó Katalin and Éliás Tibor : Dobos és a 19. század cukrászata Magyarországon ( 2010 )
Szakál László : Híres emberek híres receptjei ( 1990 )

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ABOUTこの記事をかいた人

武田友里

日本ハンガリーメディアート在籍の撮影コーディネーター ( Production Coordinator ) です。神戸大学を卒業後、映画などのロケ地として人気になっているブダペストの大学院でメディアの世界に飛び込みました。現在は、マルチリンガルを活かして、ハンガリーを拠点に中欧・東欧諸国での取材・撮影で走り回っています。